PTSDとは何か PTSDとは何か

早稲田大学 教授
臨床心理士 本田恵子

この資料では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)についてわかりやすくお答えします。

1.PTSDの意味を教えてください

 PTSDは、Post Traumatic stress Disorderの略語で、心的外傷後ストレス障害と訳されます。つまり、「トラウマ(心的外傷)」となる、心に受けた衝撃的な傷が元で後に生じる様々なストレス障害のことを指します。

2.PTSDはどうやって発生するのですか?

 図1(PDF)がPTSDの発生メカニズムです。大人には、「自我」と呼ばれる現実検討機能が備わっていますので、日常生活のさまざまな刺激に対して、健全に対応することができます。しかし、突然の事故や事件などの場合、自我のコントロールを超えた暴力的・侵入的な刺激に対して対応ができません。この時に受けた傷が「トラウマ(心的外傷)」となるのです。
 トラウマには、事故・災害等に受ける急性の外傷と、虐待、いじめ等で受ける慢性の外傷があります。

3.強い衝撃を受けた直後に心はどうなるのでしょうか?

 強い衝撃を受けるとショック状態に陥り、心の一部の働きを「麻痺」させることでやり過ごそうとします。虐待児が痛みを感じなくなったり、事故に遭った(目撃した)人が事故場面の記憶を一部失う、いじめによって無視しつづけられた人が感情を麻痺させる等があります。

4.ショックを受けた心は麻痺したままなのですか?

 応急処置をしたり、ストレスに対して強い方は、自然に回復しますが、私達の心は、知覚・感情・記憶など様々な機能を統合していますから、一部が麻痺したままであると、後になって「異常信号」を出し始めます。血液の循環が悪いと足がむくんだり、頭痛がしたりする作用と似ています。異常を知らせるために様々な心理的・身体的症状が現れ始めます。これがPTSDです。

5.心が深く傷ついているという異常信号はどのような形で現れるのですか?

 PTSDの様々な症状として現れます。特に子どもの場合には、衝撃を受ける現場で「何が生じたか」を客観視する力が未発達のため、イメージや身体感覚等の主観的な情報といっしょに取り込んでいますから、PTSDの症状は、衝撃を受けた時のさまざまな主体的な体験とともに生じるようになります。悪夢、フラッシュバック、頭痛、腹痛、吐き気等様々な身体症状等があります。
「危機状況に対する心のケアのための救急処置
「子どものストレス反応と心理的な応急処置」参照

6.PTSDが生じていると診断する基準と症状は何でしょうか?

 DSM-IVの診断基軸(表1)(PDF)として成人の場合は、A体験・B再体験・C逃避状態・D覚醒状況の異常という四項目が関係します。
 子どもの場合には、まず解離症状の程度を詳細にチェックします。心的外傷を受けた時に解離症状を呈していた子どものPTSDが深刻であり、後に人格障害を始めとした様々な精神病や非行・犯罪を併発する確率が高いとう報告があるためです。

A:衝撃的な事件の体験・目撃をしたかどうか。
 体験には、直接の被害者及び遭遇した目撃者も含まれます。NYのテロの場合は、直接の被害者はもとより、その家族、ビルの崩壊現場を目撃した人も体験者です。

B:解離症状
 解離症状とは、自分が何かから切り離されてしまったように感じる様々な症状です。例えば、感情が動いていない感じ、現実感が少ない。現実的に家にいるのに、家族や学校から切り離されているような感じがしている、友達の会話が宙に浮いている感じがするなどです。

C:再体験の程度
 再体験には、フラッシュバックと悪夢があります。まず、フラッシュバックとは、幻覚・幻聴を含む衝撃的な事件の再現視のことです。思い出したくないのに心の中で何度も思い描いてしまう場合もあります。また、あたかも事件が再現しているような行動をする場合もあります。
 悪夢には、事件を生々しく再現してしまうものと、悪夢ではあったが、内容を覚えていない場合とがあります。

D:逃避
 逃避とは、事件がなかったように考えたいという症状です。事件について考えたり、事件を思い出す場所や人を避ける、という消極的なことから、反動形成的に「何も怖くない」と振舞おうとする場合もあります。また、記憶そのものを消す場合もあります。逃避の程度が高いと、一般的な物事への興味が喪失したり、将来への希望の喪失などが生じ、「自分はすぐに死んでしまうのだ」という感覚を持つようになってしまいます。

E:覚醒状態の亢進
 覚醒状態とは、神経の興奮状態のことですから、亢進し続けているため眠れない。眠りが中断しやすい、ぴりぴりしていてすぐに怒り出す、集中できない、過度の警戒心、ささいな物音に飛び上がるように驚くなどがあります。
 「子どものPTSD状況把握のチェックシート」(PDF)参照

7.どのように援助したらいいのでしょうか?

 PTSDへの関わりは、二段階に別れます。第一段階は応急処置、第二段階は日常生活が送れるようになってからの継続的関わりの中での「トラウマへの直面化と棚卸しの面接」です。

第一段階「応急処置」
 心的外傷は、怪我と同じく、外傷体験直後に応急処置をすることで、その後のPTSD症状を緩和させることができます。基本は、「安心感」を与えること。及び、「自己コントロール感」を取り戻すことです。直接的原因を除去あるいは、刺激量を和らげるにより外傷を受ける前の心のバランス感覚を取り戻すことが目標です。
例:心配する友人からの電話を他の人に受けてもらう、事件を報道するテレビ番組を見ないなど
 「子どものストレス反応と心理的な応急処置」
 「危機状況に対する心のケアのための救急処置」参照

第二段階「トラウマとの直面と棚卸しの面接」
 この面接は、心理治療に対する専門的なトレーニングを十分に受けた方が構造化された心理治療室においてのみ行ってください。

 PTSD症状が出始めた場合には、第二段階として「トラウマとの直面と棚卸しの面接」を行います。これは、心的外傷を援助者と共に再度見つめ直す作業を通して、主観的体験として取り込んでしまった様々な感情・身体感覚・映像等から心を解放するためです。
 「何が生じたか」を理解し、「何が怖かったか」がわかれば、「これからどう対応できる」という自己効力感を取り戻すことができるからです。ただし、直視するのは、フラッシュバックを起こすのと同様ですので、その時の感情に立ち向かうための勇気と援助者との信頼関係が必要です。PTSD症状が激しい場合には、緊急対応として行う必要がありますが、先の応急処置を行って日常生活が安定している場合には、無理に行いません。十分に回復し、本人から直面したいという希望が出てきたときに行うようにしてください。また、この面接は、構造化された心理治療室で行い、セーフティーネット(面接後に本人が不安定になった場合に家族や学校で、対応できる環境)を整えておく必要があります。
 (トラウマへの直面化面接は、十分な研修を行ってから実施してください)

参考文献 本田恵子(2001)「PTSDとはどういうことか」月刊 学校教育相談9月号p20-26 ほんの森出版